水淵季里のつぶやき

ちいさな声で、ちいさなことをつぶやいていいですか。
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夏休みでした。

  火曜日に終了式があって、きのう、水曜日から夏休みだったのですが、ふつかつづけて、パソコンを開く前にねむってしまって、たったいま、起きたところです。不規則ですね。
 とにかく、これから八月二十九日まで、夏休みです。
 私が、ちょっとふしぎなのは、今週は、月曜日が祭日でおやすみで、火曜日が終了式で、水曜日から夏休みだ、ということです。どうせだったら、火曜日もおやすみにしてしまえば、先週の土曜からおやすみで、先生もそのほうがらくなのではないか、と思うのですが、どうしてなのでしょう。私には、わかりません。
 ただ、そんなに休みたいわけではありません。私について知っているみなさんなら、わかってもらえると思うのですが、私は、どちらかというと学校に行きたくてたまらないほうですから。

 夏休みも夏休みで、陣内くんの勉強合宿とか、すこしお店番のローテーションをふやして、紘史兄さんを休ませようとか、いろいろあるので、そんなにひまではありませんが、やっぱりお休みがつづくと、のんびりしますね。読みたい本も、たくさんあります。
 いま、気になっているのが、メーテルリンクの「青い鳥」です。せつめいすることもないと思いますが、衛星放送で言っていた結末と、私が読んだのとが、ちがうのです。私は、青い鳥文庫で読みました。
 けれど、衛星放送で言っていたのでは(CSというものだそうです)、目が冷めてみると、鳥かごの中に鳥がいなくて、青い羽が一枚、残っていた、とあるのです。
 「青い鳥」は、たくさん出ているので、学校の図書館と、市役所のとなりtの図書館だけではたりないかもしれませんが、できるだけ、しらべてみよう、と思っています。
 けれど……なんのためでしょうね。
 私は、「青い鳥」がそんなに好きなお話で社ありませんし、しあわせになりたいわけでもないのですけれど……。
 いま、私は、しあわせだ――と思います。しあわせは、じぶんでそう思っていればいい……と言っていいのかどうか、ということが、この前、あったのですけれど、それはまだ、私のなかの「分からない」のたなに入っています。
 いつか、分かるでしょう。
 私には、知らないことが多すぎる、と思います。

 きょうも、暑くなりそうです。用事がないので、図書館に「避暑に」いってこようか、と思います。
 どうか、みなさん、お元気でいてください。
 
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もうすぐ、夏休みです。

  夏休みまであと何日、とかぞえられるぐらいになりました。
 予定はとくにありませんが、学校の図書館は開いているので、いろいろ読みたかった本を読みにいくとは思います。
 おもしろそうだな……と思う本は、手帳につけているのですが、もう出たのはずいぶん前ですが、北森鴻さんの「うさぎ幻化行」をまだ読んでいないので、まず、それからです。
 北森鴻さんは、蓮城那智のシリーズが、とくにおもしろかったのですが、もう、亡くなられたのですね。
 ときどき、神さまは、残酷です。

 ことしは、8月に東京で日本SF大会があります。
 どういうものなのか、まったくわからないので、いっぺん、行ってみたいのですが、そこまでの電車がたいへんです。ここは、(苦笑)と書くところでしょうか。
 けれど、東京を横断することになるので、ほんとうに、むりなんです。

 そのSF大会で、私の話を、早見さんたちが、いろいろするそうです。
 ……そんな小さな企画に、お客さんがくるのでしょうか。
 というより、じぶんのことを、よそでいろいろ言われるのは、ちょっと心外です。
 けれど、もっと私に興味をもってほしい、のだそうです。
 私も、私が出逢った「ひと」たちのことは、知ってほしい、とは思います。
 なので、そういうことも、必要なのでしょうね。

 早見さん、お誕生日、おめでとうございます。
 
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すっかり、時間が空いてしまいました。

  このまえの日記から、もう24日もたってしまいました。
 読んで下さっているみなさん、コメントを下さった白夜さん、ごめんなさい。

 ことしはなんだかへんな天気で、こう言ってはいけないのですが、パソコンを立ちあげる(で、いいんですよね?)元気もありませんでした。
 すこし、寝こんでしまったときもありました。
 それでも、まだお天気ははっきりしませんが、すこしは体が軽くなった気がします。
 なので、すこしずつでも、つづけていきたいと思います。
 私は、じぶんの場所にいられるかぎり、ずっと、います。

 あまり、「辛気くさい」(古いですか?)お話ばかりしていてはいけないので、おもしろかったこと。
 きのう、「東風」にきた、たぶん紘史兄さんぐらいの歳の、男の人と女の人が、メニューを見て、「えっ? シロノワールないの?」と、ほんとうにおどろいたように言ったんです。
 私は、太田忠司さんの『甘栗と戦車とシロノワール』を読んでいたので、ああ、この人たちは、名古屋のほうのひとだな、とわかりましたが、ちょうど紘史兄さんがいなくて、恭司とふたりだったので、恭司はきょとん、としていました。
 ほんとうは、みなさんに太田さんの本を読んでほしいのですけれど、それも、あまりにも宣伝のようなので、書いておきます。シロノワールは、愛知県で生まれた喫茶店のチェーン店、コメダ珈琲店で出てくるメニューで、あたたかくて甘いデニッシュにソフトクリームがのっていて、メープルシロップがついてくるものです。食べたら私でもふとりそうな、すごいものですね。ふふ……。
 たしか、ここからそんなに遠くない東村山に、コメダ珈琲店ができた、と思ったので、「そこまでいってみたらどうでしょう」というと、納得したような、でも、まだふしぎそうな顔をしていました。
 きっと、愛知県のほうから来たひとたちだったのでしょうね。
 私も、沖縄にいったとき、ふつうの家の、屋根の上に、タンクがあるのを見て、「石油タンクがあんなたかいところに?」、と思ってしまいました。青森では、たくさんの家に、大きな石油タンクがあるのです。沖縄のは、水不足になったときのための水タンクでした。
 みんな、じぶんの「常識」を持っているのは、おもしろいです。
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私は、だいじょうぶです。

 友だちのお通夜のことでは、ご心配をおかけしました。
 ようやく、おちついてきました。
 私は、あの子のことを、ずっと、わすれません。きっと、逢いにきてくれると思いますし。
 川が好きだったので、玉川上水で、逢えるかもしれません。
 そのときには、私もえがおで、話せるとと思います。

 そろそろ、梅雨でしょうか。
 私は、梅雨はにがてです。体調も、あまりよくなりませんし。
 でも、私は、だいじょうぶです。
 これまで逢った『ひと』たちが、いるからです。
 それに……これからさきは、あまり言えないので、早見さんにがんばってもらうしかありません。
 がんばってください。 
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お通夜

 さいしょに、水出しコーヒーですが、みんなで飲んでみて、これはいい、ということになりました。
 ですので、大きい器具を入れて、まもなくメニューにくわわることになります。

 きょうは、お通夜です。
 とても、仲のよかったひとなので、ざんねんです。
 きっと、彼女もまた、逢いにきてくれる――と思うのですけれど、だからといって、かなしくないわけではありません。
 私にとっては、死んだひとも、生きているひとも、人間ではないひとも、おなじですけれど、私だって、人間です。かなしいときは、かなしいんです。
 ……あまり、興奮するのは、よくありませんね。
 いつか、おちついたら、そのひとの話も、できるかもしれません。
 それでは、いってきます。
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水出しコーヒー

  こういうときは、「珈琲」と書いたほうが、いいのかもしれません。
 いままで「東風」では、水出しコーヒーはメニューになかったのですが、最近、ずいぶんご希望が多いので、検討してみよう、ということになりました。
 そのためには、まず、お店ではなく家で作ってみることになって、調べてみたら、水出しコーヒーのポットが、千円以下だったので、注文したばかりです。
 水出しコーヒーにすると、味がまろやかになる、という意見もありますが、多めの氷で冷やすのに比べて、味がおちる、という意見もあります。どちらにしても、コーヒーのこのみは、ひとそれぞれなので、お店として納得できれば出しますし、納得できなければ、出しません。
 ただ、ほんとうに出すことになると、とても大きな道具を、お店におくことになりますので、全体のレイアウトにもかかわってきます。それも、だいじなことです。
 あたらしいメニューを考えるときには、できるだけ、あとにのこるものにしたい、というのが、マスターの考えかたです。つまり、お客さんを実験台にはしない、ということです。
 じぶんたちが納得できて、それが、お客さんを納得させられたら、いちばんいいのですが、あまり、かんたんなことではありません。
 どうなるか、たのしみにしていてください。

 あと、これを書け、といわれたので、よく分からないのですが、書いておきます。
 メトロファルスの「LIMBO島」の、再発売盤は、リイシュー(出し直すこと)と言っていますが、曲が増えていて、DVDがついているだけではなく、「さまよえる楽隊」の演奏時間がちがう、のだそうです。曲のあと、また戻ってくるまでの空白が、みじかくなっている、ということでした。
 これは、私が勉強しなければいけないこと、らしいです。

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ことしの、夏

  気がついたら、ひと月以上も、ブログを書いていませんでした。
 もう、やめてしまったのか、と思っている人も、いらっしゃるでしょう。
 そのあいだに、とってもいろんなことが、ありました。
 でも、言いきれないくらいなので、書けません。ごめんなさい。
 私のつぶやきでは、うまく伝わらない、と思うので、早見さんにおまかせします。
 また、書いてください。

 いちばん最近、あったことは、かぜで寝こんだことです。
 けれど、もうすっかり、だいじょうぶです。
 微熱より、ちょっと高い熱で、うつらうつらしていたら、夏の夢を見ました。
 夢のなかでは、私はもっとげんきな女の子で、あちこちに出かけていました。
 自分のねがいなのか、ただの夢なのかは、分かりません。
 けれど、かぜがなおってみると、私は、あちこちに活発にでかけるより、ここに、ぽつん、といるのが、おちつくように思いました。

 きのう、学校のかえりに、本屋さんによったら、絵はがきがあったので、買ってきました。
 武蔵野の、風景の写真です。
 とてもきれいでした。
 気になるかたは、絵はがきを作っている、「武蔵野から」というところに、連絡してみてください。
 いろいろな種類があるのですが、私は、野川のあたりの風景が、とても好きです。
 夏になったら、出かけてみよう、と思います。

 ことしの夏は、どんな夏になるのでしょう。
 お天気が、なんだかふしぎな感じがして、おちつきません。
 日本じゅうが、そうなのだそうです。
 しんぱいですけれど、とにかく、夏は、夏です。
 たのしみです。
 いい夏が、くるといいですね。

 まだ、ぼうっとしているのか、あんまりうまく書けませんでした。
 ごめんなさい。
 こんどは、もうちょっと時間をあけないで、書きます。
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ごめんなさい。

  さっき書き込んだことで、「ものにはそれに合った大きさと重さがある」というタイトルの意味が、ちょっとわかりづからったですね。ごめんなさい。
 紘史兄さんが言うのには、

 「店を広く使うためには、音楽は全部パソコンに取り込んで流せばいい、って思ってる奴もいるけど、それで金を取ったら泥棒だ。音楽は、データじゃない。ちゃんと、それに合った大きさと重さがあるんだ」

 ということでした。
 なんとなく、わかるような気がします。本でも、そのうちパソコンで? ぜんぶ読めるようになるらしいですが、本として持っていないと、データにしたり、データを買っただけで安心して、読まないんじゃないか、と思うんです。
 それに、じぶんの持っている本が、どのくらいあるのかがわからなくなったり、この本は文庫本がいいとか、これは単行本がいいとか、そういうこともなくなるのではないでしょうか。
 そして、それをだいじにするかどうか、私にはまだ、わかりません。

 でも、早見さんのように、辞書をたくさん持っていたり、小説の参考にする本をあちこちしらべないといけないひとは、データのほうが便利だそうです。
 「でも、よっぽどのことがなければ、元になっている本は捨てないけどね」、と笑っていました。

 いまは、爪の先ぐらいの、吹いたら飛ぶぐらいのカードに、すごい量の音楽が入るそうです。陣内君に、見せてもらいました。
 だから、私の言っていることも、時代おくれなのでしょう。
 けれど、もしそうなら、私は時代おくれでかまいません。
 やっと買った本の、カバーをなでてみたり、ページをめくって紙のにおいをかいだり、ちょっとつるつるだったら気をつけてめくるとか、そういうことも、ぜんぶ、本だからです。

 だから、カウンターの後ろの棚に、CDやレコードをならべているのは、べつに見せびらかすためではないのです。

 ……これで、合っているでしょうか。
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「ものには、それにあった大きさと重さがある」

  前の書き込みのコメントに書きましたので、もういいかな、と思いましたが、私たちの生活が、いつも、のどかでおだやかでもない、ということを、ひとつ、書いておきます。
 二、三日まえに、夜、お客さんがきました。若い、と私が言うのもおかしいですが、二十何歳か、ぐらいの、男のひとと、女のひとでした。
 見たことのないひとたちだったので、このへんのひとではないと思います。
 そのひとたちは、席があいているのに、わざわざカウンターについて、かなり大きな声で、話しはじめました。
 そのとき、カウンターの中には、マスターの紘史兄さんと、恭司と、私がいたのですが、それだけで、あまり気持ちのいいものでは、ありませんでした。

 そのうち、そのひとたちは、カウンターの後ろの、棚に並んでいるCDやレコードを見て、「何? これ。はちみつぱい、って知ってる?」「知らね−」、「ムーンライダーズって?」「マイナーなバンドだろ? 知らないけど」などと、かなりばかにしたように言いはじめました。
 それだけでももう、たいへんだったのですが、 男のひとのほうが紘史兄さんに、「よくあるよね? こういうのたくさん持ってる、って見せびらかしたい店」、と、そんなに冗談っぽくなく言いました。たぶん、本気だったと思います。
 私たちは、はらはらしたのですが、紘史兄さんは、さいごまでがまんをして、ちゃんとお金をもらって、「ありがとうございました」、と言って、帰ってもらいました。
 その後、「五分ぐらい奥へ行ってる」、と、お店を私たちにまかせて、家のほにひっこんでいましたが、とくに何かをこわしたりたたいたりしたような音も、聴こえませんでした。
 恭司は、「兄貴を、ちょっと尊敬した」と言っていましたが、これでよかったのかどうかは、わかりません。恭司が言うのには、「言うのは勝手だけど、金はもらわないと」、と言っていたのですけれど、ほかのお客さん、とくに、ここの音楽が好きでここにくるお客さんがいたときは、早く帰ってもらうだろうなあ……と思います。
 あとで紘史兄さんは、「まあ、きょうは機嫌がよかったからな」と言って、顔をしかめました。

 お客さん相手の仕事も、これはこれで、たいへんです。
 こういうことは、ずいぶんすくないのですが、なかなかわすれられません。


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新年度です。

  こんにちは。
 四月ですね。あたらしい年度のはじまりです。
 私たちの逝川高校では、入学式は、来週の月曜ですけれど、私にとっては、きょうからが新年度なのです。
 なぜかというと、きのうとおととい、つまり三月の末に、「東風」の、年度末の店卸しがあるからです。
 店卸し(たなおろし)というのは、お店の決算のために、店の中だけではなく、倉庫などにある、ぜんぶの品物のねだんと個数、あと、仕事にかんけいのある現金なども、ひとつのこらず計算して、集計することです。それによって、……ごめんなさい。なにがどうなるのかは、私はまだきいていないのでした。とにかく、商売をするのには、ぜったいにやらないといけないことです。
 コーヒーの豆の量から、CDの一枚がほんとうにそこにあっていくらするかまで、ほんとうにぜんぶ計算しなければならないので、たいへんです。美砂と陣内くんにも手つだってもらいました。
 きのう、私たちが寝たあとも、紘史兄さんは、帳簿と、計算した結果をくらべて、徹夜だったようです。
 喫茶店をやるのも、なかなかたいへんです。
 これが終わると、ああ、一年がおわったな……と思いますが、お正月やお盆にもそう思うので、一年のくぎりが、私には、いくつもあります。

 喫茶店もたいへんですけれど、図書館でも、毎年、夏休みに、本のリストと、書庫の本が合っているか、ぜんぶたしかめるので、だれかが本を、借りっぱなしにしていたり、もしも書庫から本を持ちだすと、めんどうなことになります。ただ、書庫にはいれるのは、私たち文芸部員と、図書委員だけなので、ほとんど、そういうことはおきないのですが。

 どちらにしても、なんの仕事でも、じぶんの(お店の)持っているものを、ぜんぶしらべなければいけないので、仕事というのは、たいへんだなあ……と思います。
 私も、いつかはそういうことに、なれていかなければならないんですね。
 じぶんのへやになにがあるかだったら、ひとつひとつ、ぜんぶ言えるのですけれど。

 二日間、加算機(そういうものがあるのです)の数字を見ていたので、頭のなかが数字だらけです。
 きょうは、とろとろねむることにします。
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